さぽろぐ

趣味・エンタメ  |恵庭市

ログインヘルプ


インフォメーション


QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 0人
プロフィール
冬野由記
冬野由記
標高と緯度の高いところを志向する風来坊です。

2006年10月23日

第四章:発見 その2

「石炭ガスです」
 日下は、石炭ガスが噴出している場所を見つけた、というのだ。
 確かに、石炭ガスは炭層存在の確かな証拠と言える。石炭ガスが噴出しているということは、その岩壁の向こうに炭層があるということになる。
「どこで見つけたんだね」
「この朱鳥坑の奥です。炭坑(やま)を閉める前に、所長さんと一緒にあちこち試掘したり、調査したでしょう。覚えてますか?」
「もちろん覚えてるよ。皆、必死で探したんだ」
「八号試掘坑の奥ですよ」
「何だって。あそこは、君とさんざん調べたはずじゃ・・・」
「そうなんです。わたしも、ガスを見つけたときは驚きましたよ。もう、この五年かけて円や輝と、随分あちこち調べてまわりましたから。それが、試しに八号を少し掘ってみたら・・・『なんで、あの時もう少し』って思いましたね」
「疑うわけじゃないが・・・残存ガスじゃないんだね」
「確かですよ。しっかり噴き出してます。間違いなく、あの奥に、しっかりした炭層があるはずです。それも、すぐのところですよ。でなけりゃ、星さんをお呼びしたりしません。発破を一回かければ、すぐ炭層までたどり着けます。あんたが見えたら・・・」
「君は・・・私に・・・新炭層の発見に立ち合わせてくれるって言うのか。そのために、私を呼んでくれたのか・・・」
 日下が、にやりと笑ってみせた。

 星は、身体が熱くなるのを感じた。
 この男は、すさまじい執念で新炭層を探しあてた。並大抵の苦労ではなかったはずだ。日下亨だけじゃない、妻の円や、まだ若い息子の輝も一緒に、家族でがんばって、やっと見つけたのだ。そして、いよいよ炭層発見という段取りになって、その発見の感動と栄誉をともに分かつために、星をわざわざ呼んだというのだ。その五年の間、星はというと暁幌を離れ、札幌でのんびりと暮らしていたのだ。この栄誉をともに受ける権利が、この私にあるというのか・・・。

「星さん。八号は、ここからすぐですよ。発破は明日として、ガスを、ちゃんと見ておきたいでしょう?」
「君の経験とカンは信じているよ。耳も鼻も昔どおりなんだろう。それに・・・たのもしい跡継ぎも一緒にがんばったんだ」
「でも、星さん。あんたは、その頭と知識であらゆることをつなぎ合わせて、きちんと納得しておきたいはずですよ。でなきゃ、今夜の寝つきが悪いはずだ。昔どおりの『所長さん』ならね」
 今度は、星が大笑いした。
「まったく、そのとおりだよ。食後の散歩にちょうどいい。行こう」


 三人は簡単な身づくろいをして、八号試掘坑に向かうことにした。円は小屋に残り、三人が帰ってきたら、おそらく催されるであろう、ささやかな酒宴と軽い夜食の準備をしながら待つことにした。
 今日のところは、石炭ガスの噴出を確認して、現場の状態を確認し、明日の発破のあたりをつけるにとどめる。日下のカンは確かなものだが、炭層の状態を推定し、どこにどんな発破をかければいいか、そのあたりは、星の技術と、暁幌時代に調べ上げた過去から閉山にいたるまでの全ての炭層や地質構造の知識がものを言う。
 亨はツルハシとロープを持った。輝が、脚立と安全灯を手にした。
「安全灯が要るかね?」
「念のためですよ。今日のところは必要ないはずですが。星さん、申し訳ありませんが、そこの鉤棒と、お持ちになったステッキをお願いします」
「ステッキは要らんよ」
「護身用ですよ。ツルハシや鉤棒は、狭いところでは使いにくいでしょう」
「そうだったな。万一のこともある。しかし、奥さんをひとりで小屋に残して大丈夫かね」
「円は大丈夫ですよ。それに、どうやら『誰か』は、わたしらが憎いんじゃない。わたしらが、坑の奥で動き回るのが目障りだということのようですからね。わたしらが注意すれば大丈夫でしょう」
「なるほど。しかし、今日は、早く行って、早く帰ろう」

 三人は、八号坑に向けて朱鳥坑を奥へ向かった。
 星も、疲れはすっかり回復したし、何よりも「新炭層」と「新暁幌」の実現が確かな手ごたえで近づきつつあることが、彼の足取りを軽くしている。
「所長さん、いや、新暁幌が始まれば、旧暁幌の事実上の経営者で、新炭層の発見者になるあなたは、きっと社長になるでしょう。いや、遠慮されることはありませんよ。あんたでなくて、誰がここを仕切るって言うんです・・・星さん、さっきも言いましたけど、わたしらは朱鳥に腰を据えて、あちこちを調べて回りました」
「しらみつぶしに暁幌じゅうを・・・かい?」
「いいえ。あてずっぽうに調べていったわけじゃないんですよ。星さんが暁幌にいらしてから、わたしは随分と勉強させてもらいました。何度か枯れたと思われたときも、一緒に炭層を探りあてて、それで、あなたとご一緒させていただいてる間に、わかったことがあります」
「私も君に教わったことが随分とあるよ。これは世辞でもなんでもないが、君は、私の師匠だったんだよ」
「それは、買いかぶりすぎですよ。つまり・・・わたしが言いたいのは、わたしらがカンと経験であたりをつける。あなたは、それこそ、わたしらからすれば、まるで関係ないようなところの調査結果や、もう枯れてしまった昔の炭層の記録やらを、もうそれこそ書類の山を眺めて、図面を引く。あなたの図面とわたしらのカンが、最初は関係ないように見える。それが、どこかでこう、その、うまく言えんのですが・・・」
「交差するときに・・・」
「そうです。その、ピンと来て、つながるんですよ。そうすると、きっと見つかった。わたしらは『なんだ、この所長先生はわかってたんだな』って感心したもんです」
「私は、君らが『ピンと来た』ときにはホッとしたもんだよ。間違ってなかったということに確信というか、安心できるのは、そのときなんだ」
「星さん。わたしらには、筋道ってのはわからない、いや、見えないんですよ。経験とかカンとか言いますけどね、わたしもよく鼻とか耳とか言いますけど、違うんですよ、身体が覚えてたり、身体の中から何かが言うんです。言うっていっても言葉じゃないんですがね。だから、若い者にも、ことばで教えるってことがどうもできない。そんなたいそうな事じゃなくてもね、坑内に向かう準備とか、ツルハシを使うコツとか、注意事項とか、そんな当たり前みたいなことどもにしたってそうです。身体で覚えてもらうしかない。もちろん、手順書とか規則とかって言葉もありますけどね。言葉で伝えても伝えた感じがしない。そもそも、わたしにしたところで、言葉で何か教わったとか、覚えたとかじゃないんですよ」
「私には筋道しか見えない。だから、君らの実感が『そうだ』って言ってくれないと不安でしょうがない」
「で、そこなんですよ。あなたの筋道には無駄がない。そのことは、わたしは随分経験したから、それこそ身体で納得してますよ。でも、あなたには確信がない。わたしらのカンってやつは、無駄が多い。やってみなけりゃわからい・・・ってことでね。でも、こうやってりゃ必ず見つかるって確信だけはある。それから、筋道ってのは、たぶん、間違いなく、きちんとやれば大体のところまでは、ちゃんと見える。この『間違いなくきちんとやる』のが難しいんでしょうがね。で、カンは、すごく利くやつと利かないやつが居る。だから、結局、結果なんですよね。やってみなけりゃわからない」
「つまり、かつて、私と一緒に暁幌で探査を繰り返した。その経験が少しは役に立ったということかな。君も、何かを参考に筋道を立ててみた、ということかな」
「そうなんですよ。カンだけであてずっぽうに調べたわけじゃないんですよ。ご一緒したときに教わった探査の手順や、それこそ昔の炭層や採掘の記録、それに、あなたがいらしてからの調査記録は、あの管理棟に残ってましたから、随分参考にさせてもらいました」
「それで、あたりをつけながら調べたんだね」
「はい。二年前からは、資料調べはもっぱら輝にやらせましたがね。それでも、暁幌じゅう調べて、つい、この春までは、炭層の兆しさえ見つかりませんでした」
「そうか。その間、私は札幌で・・・」
「星さんは、ここぞって時にお呼びしようと思ってたんですよ。それまでは、わたしらで頑張ろうってね。で、輝が閉山前の記録を調べてて、あたりの付け方を変えてみようって言うんですよ。試掘しようとしたんだから、わたしらにはわからないが、何か『筋道』があったはずだ、あきらめた理由もあるはずだが、いったん最初の『筋道』に戻ってみようってね」
「輝君が・・・」
 輝は黙々と二人の前を歩いている。おそらくは星の体力を気遣ってのことだろうが、時折、振り返って二人の様子を確認しながら、安全灯で周囲を注意深く確認しつつ先導している。
「それで、八号試掘坑ですよ。大当たりでした。いや、筋道はあったはずなんですよね。でも、五年前、なぜか八号ではあたしらのカンとあなたの筋道が・・・」
「交差しなかった・・・か」
「星さん」
「ん?」
「学問ってやつは、わたしらのような仕事にも必要です。わたしはね、つくづくそう思いましたよ」
「君の言う『筋道』を使える、カンも利く、そんな坑夫が必要だね。これからは、そういう時代だよ。学問は、職業や階層に関係なく、誰にだって身に付ける権利がある。いや、身に付けるべきだと思うよ。農夫だって、漁夫だって同じだよ。変な言い方かもしれないが、それが役に立つかどうかは関係ないんだと、私は思うよ。そうだな、学問で得た知識が、直接何かに役立つかどうかは問題じゃなくて、学問を通して何かを探求する『筋道』を経験することが、その人の仕事や人生に、きっと、厚みとか人格を授けてくれる。それが、たとえば、もっと深いカンや新しい成果の肥やしになる・・・」
「輝をどう思われますか」
「新暁幌ができたら・・・彼には私の近くで頑張ってもらおう。私がこれまで学んできた技術や知識を彼に受け継いでもらうよ。それから、時機をみてになるが、彼にはどこかで数年は学問に専念できるように考えてみよう」
「ありがとうございます」

 八号試掘坑。
 閉山前、朱鳥坑の奥に何箇所か試掘のためにいくつか横坑を掘って、新炭層の探査を行った。そのひとつだ。しかし、五年前は、これらの試掘坑からは、新炭層存在の根拠は見出せなかったのだ。

「ここです・・・が・・・」
 やや狭くなった行き止まりだ。目の前に岩壁が立ちはだかっている。五年前の行き止まりから、日下たちが少し掘り進んでいるが、ここが現在の八号最奥ということになる。
 日下が首を傾げた。
 輝は、安全灯を上に向けて岩壁の天井あたりをにらみつけている。
 星もあたりを見回して鼻を鳴らした。
 おかしい。
 石炭ガスの気配がしないのだ。
 石炭ガスは無味無臭というが、経験をつんだ坑夫には微妙な臭いや気配でそれとわかる。しかし、星にも、日下にも、その気配が感じられない。
 やはり残存ガスだったのか・・・最後の一パーセント残っていた疑念が一瞬、星の頭をかすめたが、すぐに星の身体が言った。
 日下が間違うはずはない。

「輝。ランプを」
「星さん、その鉤棒を・・・」
 星は鉤棒を輝に渡した。
 輝は、安全灯の蓋を開けて、鉤棒の先に下げた。鉤棒を岩壁の天井のほうへ差し上げる。
 石炭ガスがわずかでも漏れていれば、岩壁のどこかに青い炎が見えるか、安全灯の周囲でパチパチと反応が起きるはずだ。
 しかし・・・何の反応もない。
「ばかな。そんなはずはない。確かにガスは出ていた。そんな・・・」
 日下は岩壁を叩いた。
 星は言葉もない。ただ、何か納得できない。こんな結末は筋が通らない。違うか?
 しばらく鉤棒先の安全灯で岩壁を照らし続けていた輝が安全灯を降ろしながら言った。
「ちょっと待ってください」
 輝は持ってきた脚立を壁に立てると、ツルハシと安全灯を持って壁の上方に上っていった。そして、壁面に安全灯を近づけて注意深く観察していた。
「やっぱり・・・」
「輝君! どうかしたかね」
 輝がツルハシの先で壁の一部を軽くつついた。と、途端に、

    シュッ!

と、何かが噴き出した。
「あ」
 日下と星が同時に声を上げた。
 ガスの臭いだ。
 輝が下りてきた。
 安全灯の蓋を取り、鉤棒で差し上げる。

    ボッ!

岩壁の天井近くに青い炎が噴き出した。
「やった!」
石炭ガスは確かに存在した。そして、その勢いは、この壁の向こうに炭層が存在することを確かに示している。

「ご納得がいきましたか?」
 日下が笑った。
「もちろんだよ。こいつは素晴らしい。しかし・・・五年前、このすぐ手前まで来てたのに何故・・・」
「まぁ・・・そんなものですよ。人間のすることですからね。それにしても・・・なぜ塞がってたんでしょうね。おかしなこともあるもんだ」
「塞がっていたんじゃありません。塞がれていたんです」
 輝が白い塊を見せた。
「何だね、これは・・・」
「漆喰でしょう。これで、ガスの穴を塞いだやつが居ます。しかも・・・ご丁寧に、漆喰の上に炭塵まで撒いてごまかしてました。一部が白く残ってて・・・それで変だと思ったんで・・・」
「件の『誰か』だな」
 星が目を細めた。
 日下が、その目を見ながら笑った。
「どうします。どうやら、やつらは、我々が新炭層を発見しては、よほど都合が悪いらしい。用心のため、発破はしばらく待ちますか?」
「実はね。あの二通目の手紙以来、何だか闘志が湧いてきてね。これで覚悟が決まったよ」
「だと思いました。そういう目をされましたから」

 三人は、岩壁や周辺の状態を確認し、ロープで簡単な計測をして、発破の段取りを確認してから帰路についた。今度は、星と日下が先を歩いた。談笑しながら歩く二人の後を、輝はときおり安全灯をかざして背後の様子を確認しながら進む。
 今日、一日の間にいろいろなことがあった。
 はっきりしたことがいくつかある。
 いよいよ暁幌が再生することになる、ということ。
 それから、「誰か」の存在と、その明確な悪意の存在。
 そして、我々がその悪意と闘うことになる、ということだ。

Copyright (c) 2006 Ando, Tadashi & Fuyuno, Yuki All rights reserved.

あなたにおススメの記事

同じカテゴリー(連載小説)の記事画像
ちょっと休憩<挿絵>
同じカテゴリー(連載小説)の記事
 ページデザインを変更します (2007-02-18 17:34)
 あとがき:最後に (2007-02-15 23:30)
 結:神々の永遠の火 (2007-02-15 23:20)
 大団円:地上の楽園 その2 (2007-02-14 22:22)
 大団円:地上の楽園 その1 (2007-02-14 22:14)
 第二十六章:暁幌よさらば その4 (2007-02-12 20:03)
Posted by 冬野由記 at 02:00│Comments(0)連載小説
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。
削除
第四章:発見 その2
    コメント(0)