2007年02月12日
第二十六章:暁幌よさらば その3
今度は何だ。
見ると、地底湖の反対側、向こう岸の奥にそびえる巨大な岩壁が動き出している。
亨が振り返って叫ぶ。
「危ない! 皆、戻れ!」
下ろうとしていた人々が慌てて、ふたたび丘を駆け上る。
岩壁は、ゆっくりとはがれ、やがて巨大な岩の塊が湖面に向かって落下した。ふたたび轟音が洞穴内に響きわたり、湖面が大きく飛沫をあげ、うねりが大波となって丘に打ち寄せた。
人々は恐怖の叫び声をあげたが、波は丘を洗いはしたものの、やがておさまった。
静かになった。
「おい・・・ガスだ」
「ガスだ。ガスだぞ」
坑夫たちが気付いた。
「ガスだ。それもすごい量だぞ!」
亨も怒鳴った。
岩が剥がれ落ちたために、その奥に溜まっていた石炭ガスがあたりに漏れ出したのだ。
「おい! あれ! 何だ!」
湖の真ん中あたりに小船が浮かんでいる。その上に、白い人影が立っている。
その頭上を舞う白い翼。
「おじいさん!」
ネルが叫んだ。
「十三(じゅうざ)さん!」
「穂村!」
小船の上で、白い衣をまとった老人がランプをかざしている。
穂村十三。神の楽園の番人。ネルを育てた男。亨と円の命の恩人。そして、今は狂気の人。新暁幌の妨害者。
その声が洞内に響き渡った。
「醜い、愚かな者たち!」
「おじいさーん!」
「今こそ、汝らの滅びのとき」
「おじいさん! やめて!」
「天を割き、地を平らげる」
十三が手にしていた安全灯を高々と掲げた。
「大変だ! ガスに点火するつもりだぞ! そんなことされたら・・・」
おそらく、以前からガスの溜まっている岩盤に目をつけていたのだろう。十分に溜まったところで、岩盤を崩し、大量のガスによって、この新暁幌炭鉱をわが身もろとも崩壊せしめようというのだ。
輝が、丘を駆け下る。
「てらす!」
ネルが後を追う。
瑛も走った。
「ばかやろう! お前、怪我してるじゃないか!」
輝が走りながら包帯を解き、湖に飛び込んだ。
「こんちくしょう! それに、俺のほうが泳ぎは得意なんだよ!」
瑛も後を追って飛び込む。
「無茶な!」
岩崎が数名の警官を率いて後を追い、水際に向かった。
「てらす! おじいさん! おじいさん!」
ネルが白い老人に向かって叫んだ。
何とか止めさせなければ。
十三が、手にしていた安全灯のシェードを開いた。
人々は息を呑んだ。
しかし、爆発は起こらない。
「そうか! 天井だ! 助かった。ガスは軽いから・・・」
男爵がそう言ったのもつかの間、十三が両手を広げると、頭上を舞っていた大梟(おおふくろう)が主(あるじ)のもとに舞い降りる。十三は、シェードを開いた安全灯を忠実な僕(しもべ)に託した。大梟が安全灯をくわえて、大きく羽ばたいた。そして弧を描きながら高く舞い上がる。
万事休す。
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見ると、地底湖の反対側、向こう岸の奥にそびえる巨大な岩壁が動き出している。
亨が振り返って叫ぶ。
「危ない! 皆、戻れ!」
下ろうとしていた人々が慌てて、ふたたび丘を駆け上る。
岩壁は、ゆっくりとはがれ、やがて巨大な岩の塊が湖面に向かって落下した。ふたたび轟音が洞穴内に響きわたり、湖面が大きく飛沫をあげ、うねりが大波となって丘に打ち寄せた。
人々は恐怖の叫び声をあげたが、波は丘を洗いはしたものの、やがておさまった。
静かになった。
「おい・・・ガスだ」
「ガスだ。ガスだぞ」
坑夫たちが気付いた。
「ガスだ。それもすごい量だぞ!」
亨も怒鳴った。
岩が剥がれ落ちたために、その奥に溜まっていた石炭ガスがあたりに漏れ出したのだ。
「おい! あれ! 何だ!」
湖の真ん中あたりに小船が浮かんでいる。その上に、白い人影が立っている。
その頭上を舞う白い翼。
「おじいさん!」
ネルが叫んだ。
「十三(じゅうざ)さん!」
「穂村!」
小船の上で、白い衣をまとった老人がランプをかざしている。
穂村十三。神の楽園の番人。ネルを育てた男。亨と円の命の恩人。そして、今は狂気の人。新暁幌の妨害者。
その声が洞内に響き渡った。
「醜い、愚かな者たち!」
「おじいさーん!」
「今こそ、汝らの滅びのとき」
「おじいさん! やめて!」
「天を割き、地を平らげる」
十三が手にしていた安全灯を高々と掲げた。
「大変だ! ガスに点火するつもりだぞ! そんなことされたら・・・」
おそらく、以前からガスの溜まっている岩盤に目をつけていたのだろう。十分に溜まったところで、岩盤を崩し、大量のガスによって、この新暁幌炭鉱をわが身もろとも崩壊せしめようというのだ。
輝が、丘を駆け下る。
「てらす!」
ネルが後を追う。
瑛も走った。
「ばかやろう! お前、怪我してるじゃないか!」
輝が走りながら包帯を解き、湖に飛び込んだ。
「こんちくしょう! それに、俺のほうが泳ぎは得意なんだよ!」
瑛も後を追って飛び込む。
「無茶な!」
岩崎が数名の警官を率いて後を追い、水際に向かった。
「てらす! おじいさん! おじいさん!」
ネルが白い老人に向かって叫んだ。
何とか止めさせなければ。
十三が、手にしていた安全灯のシェードを開いた。
人々は息を呑んだ。
しかし、爆発は起こらない。
「そうか! 天井だ! 助かった。ガスは軽いから・・・」
男爵がそう言ったのもつかの間、十三が両手を広げると、頭上を舞っていた大梟(おおふくろう)が主(あるじ)のもとに舞い降りる。十三は、シェードを開いた安全灯を忠実な僕(しもべ)に託した。大梟が安全灯をくわえて、大きく羽ばたいた。そして弧を描きながら高く舞い上がる。
万事休す。
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Posted by 冬野由記 at 19:57│Comments(0)
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