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冬野由記
冬野由記
標高と緯度の高いところを志向する風来坊です。

2006年10月22日

第四章:発見 その1

<発見 その1>

 かつて管理棟だった小屋の窓から、人間の灯りがゆったりともれている。
 小屋の横から、ふわっと光の絨毯が押し出されたように見えた。小屋の戸口が開いたのだ。光の絨毯の上に、しっかりした足取りで人影が立った。
「日下さん!」
「所長さん。星さん・・・お待ちしてましたよ」
「私が今日着くと?」
「え? あぁ。ははは。お声が聞こえたものでね。わたしの耳も鼻も、まだまだ利きますんでね。所長さんのお声も変わらない」
「なるほど。そりゃそうだ。今の坑内なら、人声なんかはつつぬけだな」
「そのうち、脇に立ってるやつと話すにも声を張りあげなくっちゃならなくなりますよ。昔みたいにね」
 星が手を差し出した。日下がその手を握り返した。
「この手もすっかりきれいになっちまいましたがね。なぁに、また、すぐに煤だらけにしてみせまさぁね」
 星は日下の手を握ったまま、日下の目をじっと見た。
「そうか。ついに見つけたのかね。そうかもしれないと・・・」
「まぁ、話は中で。それに、まず晩飯にしませんか? ちょっと早いが・・・食事は」
「まだだよ。ここまで雨の中を歩いてきたので、実はすっかり腹ペコでね」
「雨?」
 日下は、星を小屋の中に招きいれながらつぶやいた。
「そうか。『上』は雨か・・・」
「父さん。ぼくも話があるんだ」
「輝(てらす)。ついさっき、瑛(あきら)がお前を訪ねてきたぞ」
「縦坑で会ったよ。来週の祭りに誘ってくれたんだ」
「あいつは・・・どうやら『上』のほうが性に合ってるんだろうな」
「私も、そうかも知れんよ」
「わたしらのほうが変わってるんでしょうがね、所長さん。でも、わたしらは、暁幌から離れるわけにはいかないんですよ。暁幌が、お袋さんが生きている限りはね。でも、この際、言わせていただきますがね、わたしらの暁幌を素晴らしいお袋さんにしてくれたのは、所長さん、あんたなんですよ。言ってみれば、わたしらを変わり者にしたのは、他でもない、所長さん、あんたですよ」
 日下が笑った。
「お帰り。ようこそ、いらっしゃい。お久しぶりですね。さぁ、こちらですよ」
 日下亨の妻、輝の母、円(まどか)が三人を食卓に誘(いざな)った。

 かつての管理棟は、今ではすっかり快適な住居に改装されていた。
 水場からポンプでくみ上げる水は上質の地下水だったし、換気口からは新鮮な空気が常に供給されている。亨が「上」と呼んでいる地上の風雨も、ここにはやって来ない。地下の坑道が、採掘現場だったころは、いろいろなものが生み出す熱気が坑内に澱んで、暑苦しい過酷な環境だったが、今は、一年を通して気温や湿度が安定した蔵の中のようになっている。強いて言えば、灯りがいつも必要な点が不便といえば不便だったが、他の点では、地上以上に健康的で快適な環境だと言っていいかもしれない。

 星は、日下家で円の手料理を存分に味わった。
「まだ旬じゃないので、今日は干物を使ったんですけど。もう少し寒い時期になったら刺身でもおいしくいただけるんですよ」
 苫小牧で採れる、大きなハマグリを思わせるホッキ貝の干物を炊き込んだ飯は、干物とはいえ、貝の旨みを十分に味わうことができた。地元で採れた野菜と鮭を、近くの牧場から朝仕入れてきた牛乳で煮込んだだけの鍋もうまかった。
 食後、星が持参した紅茶を淹れて、四人は、昔話に花を咲かせながらしばらく寛いだ。

「さて。そろそろ本題に入りたいんだが・・・その前に、確かめたいことがあるんだ」
 星が、口火を切った。
「確かめたいこと?」
「私は、君からの手紙を一昨日受け取った」
 星は、最初に届いた手紙を取り出してテーブルの上に置いた。それから、もう一通の手紙を並べて置いた。
「君が出したのは一通だね。君の手紙の後で、これが届いた」
 日下は、その手紙を取って文面を見た。
「なんだ・・・こりゃあ。わたしが出したもんじゃないですよ」
「『来なくていい』とある。君は、誰かに、私を招いたことを話したかね?」
「いいえ。このことは・・・まず、あなたにお知らせして、確かめていただかなけりゃなりませんから。誰にも言いやしませんよ。まだ秘密なんです。 輝? お前、誰かに話したりしたか?」
「いいえ。誰にも」
「誰かが、今回のことを知っている。そして、それを邪魔しようとしているんだ」
「いったい・・・誰が」
「輝くん。君も、お父さんに伝えておくことがあるんじゃないか」
「何だ?」
「星さんをお連れする途中、縦坑からここに向かう途中、あの三叉路のあたりで、何者かが岩を投げ落としたんだ」
「投げ落とした? 落ちてきたんじゃないのか?」
「いや。日下さん。あれは、人為的に投げ落とされたんだと思うよ。輝くんが私を壁際に押してくれたから助かったが、危ないところだった」
「何ですって!」
「父さん。前から言ってるように、この坑内には、ぼくら以外に誰か居るんだよ。この変な手紙も、岩も、もしかしたら」
「とにかく・・・日下さん。君の『知らせたいこと』を他の誰かも知っている。私を招いたことも。そして、その『誰か』は、このことを不愉快に思っている。これだけは確かだよ。 ・・・で、その『誰か』を怒らせたことっていうのは『新炭層発見』なんだね」
 日下は座りなおして、ゆっくりと言った。
「そうです。だから、星さん、あなたをお呼びしました」
「どこにあった。どの程度の炭層なんだね。採掘はどのくらい・・・」
 星が腰を浮かせた。
「まぁ、待ってください。順を追ってお話しますから」
「すまん。どうも、僕のほうが熱が入ってしまったな」
「正確に言うと、発見したのは炭層ではなく、炭層が、それも良質の炭層があるという証拠です」
「証拠?」

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Posted by 冬野由記 at 01:54│Comments(0)連載小説
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