2006年10月14日
第三章:暁幌へ その4
<暁幌へ その4>
ふたりは、また梯子を下りはじめた。
最後の梯子を下りると、広い坑道にたどり着いた。
ここから、朱鳥坑を奥へ進む。
「君らが住んでいるのは、もしかしたら、この先にあった管理棟かい?」
「はい。管理棟が、今はぼくらの家です」
「あそこなら、水場も換気口もあるし、たしかに住居としても十分だが・・・」
この坑道も、かつてはいたるところに炭層があったし、あちこちに小さな小屋や倉庫、管理棟などがあったのだが、今はがらんとした洞穴のようになっている。そう、かつては、馬も炭坑内の重要な運搬手段だったから、厩だってあった。ランプの明かりくらいでは天井が見えないくらい広いところだってある。
今は日下家の住まいとなっている旧管理棟に向かう道すがら、輝は相変わらずランプを前後にかざしながら何かを気にかけている。
星は思い切って聞いてみた。
「何か気になるのかい? 他に誰か居るのかね?」
盗賊の類が、廃坑などを隠れ家にしていることは、ままあることだ。
「いえ。後でお話しますけど、何だか・・・」
そのとき、彼らの頭上でかすかに何かの気配がした。
「危ない!」
輝がとっさに星を壁際に押した。
「おっと・・・」
ドスン。
坑道の中ほどに何かが落ちた。
ぱらぱらと小石と砂が壁をつたって星たちの頭に降ってくる。
ふたりは、しばらく壁際でじっと息を殺していた。
静かだ。先ほど感じられた気配ももう感じない。
輝はゆっくりと壁から離れると、手にしたランプを頭上に、それから坑道の中央に向けた。
人の頭ほどもある大きな石が坑道の中ほどに落ちている。
あたりの様子から、これが、さっき彼らの頭上に落ちてきたものに違いない。
「だいぶ・・・壁や天井が緩んでいるとみえる。こんなものが落ちてくるなんて・・・」
「落ちた?」
「輝君?」
「落ちたんでしょうか」
「どういう意味かね?」
「自然に落ちたんなら、あんな風にぼくらに向かって・・・」
「向かって? そうか・・・小石は壁際をつたって落ちてきた・・・あの石は坑道の真ん中に向かって・・・」
「飛んできたように思えました。ぼくには・・・」
「輝君。さっきの話だが・・・この坑道に、他に誰か居るのかね。そんな気配や、何か怪しいことでも起きているのかね?」
「わかりません。ただ・・・このところ、なんだか誰かに見られているような、見張られているような感じなんです。坑道の奥で灯りらしいものがチラチラするのを見たこともありました。ぼくら以外に、ここに居る者なんて居ないはずなんですけど」
「これまでにも、こんなことがあったのかね?」
「いいえ。気配や灯りはありましたけど、何かを仕掛けてきたのは初めてです」
「仕掛けてきた・・・か。お父さんは何と言ってるんだね」
「父は、気のせいだろうと・・・」
「すると、あの手紙もそうかな」
「手紙? ですか? そういえば、二通目の手紙とかおっしゃいましたね」
「ここで長話というのも気味が悪いな。まずは急ごう」
「そうですね」
ふたりは先を急いだ。
今度は、輝だけでなく、星も前後に気を配りながら、黙って歩き続けた。
あの手紙の件といい、今回の落石といい、どうやら星が暁幌に来ることを喜ばない何者かが居るらしいことは確かだ。今の落石は脅しだろうか? それとも、星の命を狙ったものなのだろうか?
前方に灯りが見えてきた。
チラチラしていない。落ち着いた、暖かい灯りだ。
かつて管理棟だった日下家の小屋の灯りだった。
Copyright (c) 2006 Ando, Tadashi & Fuyuno, Yuki All rights reserved.
ふたりは、また梯子を下りはじめた。
最後の梯子を下りると、広い坑道にたどり着いた。
ここから、朱鳥坑を奥へ進む。
「君らが住んでいるのは、もしかしたら、この先にあった管理棟かい?」
「はい。管理棟が、今はぼくらの家です」
「あそこなら、水場も換気口もあるし、たしかに住居としても十分だが・・・」
この坑道も、かつてはいたるところに炭層があったし、あちこちに小さな小屋や倉庫、管理棟などがあったのだが、今はがらんとした洞穴のようになっている。そう、かつては、馬も炭坑内の重要な運搬手段だったから、厩だってあった。ランプの明かりくらいでは天井が見えないくらい広いところだってある。
今は日下家の住まいとなっている旧管理棟に向かう道すがら、輝は相変わらずランプを前後にかざしながら何かを気にかけている。
星は思い切って聞いてみた。
「何か気になるのかい? 他に誰か居るのかね?」
盗賊の類が、廃坑などを隠れ家にしていることは、ままあることだ。
「いえ。後でお話しますけど、何だか・・・」
そのとき、彼らの頭上でかすかに何かの気配がした。
「危ない!」
輝がとっさに星を壁際に押した。
「おっと・・・」
ドスン。
坑道の中ほどに何かが落ちた。
ぱらぱらと小石と砂が壁をつたって星たちの頭に降ってくる。
ふたりは、しばらく壁際でじっと息を殺していた。
静かだ。先ほど感じられた気配ももう感じない。
輝はゆっくりと壁から離れると、手にしたランプを頭上に、それから坑道の中央に向けた。
人の頭ほどもある大きな石が坑道の中ほどに落ちている。
あたりの様子から、これが、さっき彼らの頭上に落ちてきたものに違いない。
「だいぶ・・・壁や天井が緩んでいるとみえる。こんなものが落ちてくるなんて・・・」
「落ちた?」
「輝君?」
「落ちたんでしょうか」
「どういう意味かね?」
「自然に落ちたんなら、あんな風にぼくらに向かって・・・」
「向かって? そうか・・・小石は壁際をつたって落ちてきた・・・あの石は坑道の真ん中に向かって・・・」
「飛んできたように思えました。ぼくには・・・」
「輝君。さっきの話だが・・・この坑道に、他に誰か居るのかね。そんな気配や、何か怪しいことでも起きているのかね?」
「わかりません。ただ・・・このところ、なんだか誰かに見られているような、見張られているような感じなんです。坑道の奥で灯りらしいものがチラチラするのを見たこともありました。ぼくら以外に、ここに居る者なんて居ないはずなんですけど」
「これまでにも、こんなことがあったのかね?」
「いいえ。気配や灯りはありましたけど、何かを仕掛けてきたのは初めてです」
「仕掛けてきた・・・か。お父さんは何と言ってるんだね」
「父は、気のせいだろうと・・・」
「すると、あの手紙もそうかな」
「手紙? ですか? そういえば、二通目の手紙とかおっしゃいましたね」
「ここで長話というのも気味が悪いな。まずは急ごう」
「そうですね」
ふたりは先を急いだ。
今度は、輝だけでなく、星も前後に気を配りながら、黙って歩き続けた。
あの手紙の件といい、今回の落石といい、どうやら星が暁幌に来ることを喜ばない何者かが居るらしいことは確かだ。今の落石は脅しだろうか? それとも、星の命を狙ったものなのだろうか?
前方に灯りが見えてきた。
チラチラしていない。落ち着いた、暖かい灯りだ。
かつて管理棟だった日下家の小屋の灯りだった。
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Posted by 冬野由記 at 22:40│Comments(0)
│連載小説
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