第二章:手紙 その2

冬野由記

2006年10月14日 00:33

<第二章:手紙 その2>

「急で申し訳ないが、旅支度を頼む。明日朝一番の汽車で発つから急いで頼む・・・そうだな・・・三日程度で済むだろうが・・・遅くとも来週末には帰るよ。いや、連れは無い。正装も要らんよ。あまりかさばらないようにしてくれ。それから、来週の予定がいくつかあったな。・・・ああ、念のため断りを入れておいてくれ。行けないかも知れん。格別、行きたくもないが・・・断り状は書いておくから、月曜にでも届けておいてくれればいい。なぁに、どれもたいした用件じゃない。学会や商工会の会合やなんかだ。・・・いや、切符はいいよ。明日、駅で買う。いやぁ、久しぶりの旅行だ」
 執事に旅支度を指示して、会合に出られない旨の断り状を何通かしたためた星は、軽い昼食を済ませると、暁幌で仕事をしていた頃の記録や写真をながめて過ごした。懐かしさと期待や不安がいっしょくたになって、星は身体中に、現場で一心に働いていた頃の活力がよみがえってくるのを感じていた。

 ところが、そんな星のほてった身体に水を浴びせるようなことが起きた。
 午後の便で、一通の奇妙な手紙が届いたのだ。
 
  サキノテガミハハヤガテンニテ
  オコシイタダカナクテヨクナリマシタ
 
 読みにくい。
「先の手紙(の内容)は早合点にて(したがって、暁幌には)お越しいただかなくてよくなりました」
ということらしい。
 今度こそ本当に電報のような文面だが、問題は内容だ。
 
 早合点?
 知らせたいことが新炭層の発見だったとしたら・・・
 やはり亨の早合点だったというのか。
 だから、もう来なくてもよいと。

 星は、取り戻しかけていた活力が急速にしぼんでゆくのを感じた。
「なんてこった」
 やはり、という思いもある。
 新炭層など、いまさら出るはずがない。
 一方で失望も大きい。
 自分の目には見えなくても、日下亨には嗅ぎ取ることができた。
 つい先ほどまで、それを信じ、期待して、明日の旅を楽しみにしていたのだ。
 星は、執事を呼ぼうとして立ち上がった。
 彼には無駄な仕事をさせてしまった。断り状も、まだ間に合うだろう。
 しかし、机の上に置かれた封筒と便箋が目に入ったときに、彼のカンが囁いた。

「何かおかしいぞ。」

 何かがちぐはぐだ。
 彼は気持ちを落ち着かせると、午前と午後の二通の手紙を手にとって見くらべた。
 どちらも消印は暁幌。日付も同じ。
 午前の方。白い封筒に、飾り気はないが白い便箋が二枚。文面は短いが、一応「前略」と起こしている。あえて二枚封入しているのも礼に適っている。字は、輝が書いたのだろうが、ペンを使った丁寧な書きぶりで漢字と仮名だ。
 午後の方。古びた封筒が黄ばんでいる。宛名は誰かに書いてもらったのか、手馴れた事務的な字面だ。便箋は・・・便箋じゃない、何かの古い紙を切り取った感じだ。鉛筆で、字を書きなれない者が仮名だけで綴っている。こちらは亨が急いで書いたという可能性もなくはないが、亨はぶきっちょでも乱暴な手紙を書くような性格ではあるまい。それに、こんな取り消しの手紙を書くくらいなら、本当に電報で追伸すればよいのだ。

 この手紙は誰が書いた?
 誰かが星の暁幌行きを妨害しようとしている?
 
 この考えに思い至ったとき、星にふたたび活力がよみがえってきた。

 日下亨たちは新しい炭層を発見したに違いない。
 そして、何者かが、五年にわたる彼らの労苦に横槍を入れようとしている。

「こいつは面白くなってきたぞ」

 結局、二通目の手紙は、星の好奇心をかえってかきたてることになったのである。

「行かねばならない。そして、用心しなければならない」

 念のため、彼は、家人にも周囲にも行く先をはっきりとは告げないことにしたのだが、そのことが、後に彼を窮地に陥れることになる。

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